ワールドトライアスロン リーズ大会(WTCS in LEEDS)観戦レビューその1【個人男子/女子】

2022年ワールドトライアスロンチャンピオンシップシリーズの第2戦。

イギリスはリーズで2日間にわたって行われたレースを現地で観戦することができたので、その熱戦の模様をレビューさせていただく。

第一弾は6月11日に行われた個人男子/女子の部から。

 

2022年WTCS第2戦はイングランドのリーズで開催

今年もワールドトライアスロンチャンピオンシップシリーズ(以下WTCS)は5月の横浜を皮切りに、リーズ、モントリオール、ハンブルク、カリアリ、バミューダ、アブダビの7戦が行われる。

今や男子も女子も強豪ぞろいであるイギリスにおいて、トライアスロンの聖地的な土地であるリーズで行われるこの第2戦。現地で観戦できたらいいなと思っていたのだが、せっかく週末の小旅行で観に行ける距離に住むことになったので、格安航空券を手配して土日の観戦旅行に出かけることにした。

 

初日の6月11日土曜日は朝から昼過ぎまでアマチュアのレースイベントがたくさんあり、午後になって男子、女子の順番でエリート個人レースが行われる。

パリ五輪のクオリフィケーションとしてカウントされる最初のWTCSレースということで、どの選手たちにとっても非常に重要なレースであるはずだ。しかも今回のエリート個人はODではなくてスプリントディスタンスとなっている。会場はリーズ郊外のラウンドヘイパークという巨大な公園の中だが、バイクコースは結構起伏もありスピーディーでタフなレースになることが予想される。

 

ラウンドヘイパークには昼頃に着いた。

会場を見回す。広大な芝生の公園である。広大なという表現からイメージする広さよりもさらにもうちょっと広い。ヨーロッパでも有数の面積を誇る公園らしい。

2日間で数多くのレースカテゴリーがあるので、トランジションエリアも広大である。交通機関や宿泊施設がそれほど混雑していないことから察するに、海外や遠方からの参加者というよりも、地元や日帰り圏内からの参加者が多いのだろう。イギリスでトライアスロンと言えばロンドンかここリーズを思い浮かべるくらいなので、やはり競技人口は多いのだろう。

立ち並ぶイベントブースやトランジションエリア、コースに敷かれたブルーカーペットなどを見るとやはり心が躍る。それでいて自分が参加できないところがちょっと寂しい。複雑な気持ちだ。

 

あまり時間が無いのでブースを回るのはあとにして、ひとまずランチを確保するために屋台の行列に並ぶ。ピザやクレープなど4,5店の屋台があったが、どれもまあまあな行列ができている。

フィッシュアンドチップスに並んで15分くらいで買うことができた。何度食べてもやはり特に美味しいものではない。いつも同じ感想を持つのだが、どういうわけか数か月に1度くらいの割合で定期的にフィッシュアンドチップスを選んでしまう。英国マジックだ。

 

6月にしては肌寒い気温と強めの風と時折のシャワー

天候は曇り。英国らしい天気だ。

風も6,7メートルほどで、強風というほどではないにしてもちょっと強い。この辺りではこれくらいが普通なのかもしれない。気温は17~20度くらいだ。風があるので体感はもう少し低く、肌寒い。後でトライアスロンライブ(triathlonlive.tv)で見ると水温は18℃とある。やはり冷たい。日本ならシーズン最序盤や終盤のレースといったところか。2日間を通じて晴れたり曇ったりを繰り返し、何回かはわずかな降水もあった。

 

先に行われる男子のレースのスタート地点で待っていると、隣にいた老婦人が話しかけてくれた。孫が出場するというので聞いてみると、地元イギリスのレインズリー選手のお祖母さんだった。女子のレースはまだなのだが、男子のレースではボーイフレンドであるトム・ビショップ選手を応援するのだという。

孫の最初のレースは8歳の時だったのよ、とお祖母さんは教えてくれた。また、東京には行けなかったけど今はパリ五輪を目指して頑張っているのよ、とも。世界トップ10圏内の選手を多数擁するトライアスロン王国イギリスなだけに険しい道のりだろうが、是非がんばってもらいたい。

天候の話をすると、ミセス・レインズリーによると確かに6月にしてはちょっと風が強いわね、とのことだった。

 

日本人5選手の入場とスタートを見届けたらスイムコースを離れ、トランジションエリアに設営されたグランドスタンドへ入る。

グランドスタンドのあるエリアはトランジションのほか、バイクとランの周回の起点でもあり、ゴール地点でもある。入場には20英ポンド(3千円ちょっと)がかかる。入場料は初日と2日目は別々だが、初日は男子も女子も観ることができる。スイム・バイク・ランとも無料エリアでも観戦できるが、トランジションとゴール、それから表彰式はグランドスタンドエリアでしか観ることができない(無料エリアにも大きな液晶ディスプレイはある)。

 

ビンセント・ルイのとんでもないミス、アレックス・イーとブラウンリーのバイククラッシュ

会場が一番どよめいたのはリードグループのT2(バイクからランへのトランジション)だった。

フランスチームのビンセント・ルイとベルジェールがT1直後から抜け出し、チェイスグループに一定の差を付けていた。チェイスグループには大きな動きはなく、このまま2人のフレンチマンを中心にランも展開していくかと思われた。

ところが、である。

最終回であるはずの5周目を終えたルイは、トランジションエリアをバイクのまま駆け抜け、トランジションエリアの端にある金属のフェンスに追突した。会場の誰もが混乱し、しばらくの沈黙の後に大きなどよめきが上がった。誰もが5周目だと分かっていたはずなのに、まったく減速する様子のないルイを見て彼が正しいのかと錯覚してしまったのかもしれない。

しかしやはり正しかったのはルイ以外の全員であり、すぐ後ろにいたベルジェールはしっかりと降車して何事もなかったかのようにT2を終えてランを始めた。ルイもすぐに切り替えてバイクをラックに置き、ランニングシューズに履き替えたものの、走り始めた時にはもうすぐ後ろに後続グループが迫っていた。

なかなか見られないミスではあるが、処置としては通常の10秒ペナルティということらしい。チェイスグループに飲み込まれたルイはそれでもしっかりとレースを続け、ラン1周目を終えたところでペナルティボックスに入り、そして再び走り始めた時には大きな拍手喝采が起こった。T2での失態は並の精神なら心が折れてしまうのに十分な出来事だっただろうに、さすがのメンタルである。観客もそれを称える。素晴らしい。ルイの最終順位は10位だった。

 

さてもう一つの大きな出来事は、地元イギリスの英雄であるアレックス・イーとジョニー(ジョナサン)・ブラウンリーがバイククラッシュでDNF(途中棄権)となってしまったことだ。チェイスグループでの出来事だったので事故の映像は会場のディスプレイには流れておらず、事故の詳細はおろか、イーとブラウンリーがいなくなったことさえだいぶ後になってから分かった。

しかも、これも後でネット記事やトライアスロンライブを観て知ったことだが、そのクラッシュの原因はこのレースで結果的に優勝したワイルドにあったという。

レース直後のインタビューで、ワイルドの第一声はなかなか出てこなかった。クラッシュの原因を作ったのが自分であることを認めていたからである。絞り出した最初の言葉は、クラッシュでレースを続けられなかったイーとブラウンリーへの謝罪であり、また自身初めてのWTCS優勝についても複雑な気持ちで、ほろ苦いものになったと語っていた。

実際それを差し引いてもワイルドの逆転劇はすごかった。ルイが落ちてやや心許ないベルジェールのランに対し、ワイルドは力強い走りであっという間に追い越し、差を付けてしまった。ただ、クラッシュで去ったのが他でもない、横浜でワイルドに走り勝ったイーだっただけにやはり微妙なところだ。クラッシュが無ければどうなっていたかは分からない。

 

日本勢はというと、5人が出場していたがニナー・ケンジ選手が今回も世界と戦えるというところを見せてくれた。

スイムを良い位置(5位くらいだったか)で終えると、バイクでもチェイスグループを引っ張るような形でレースを進めた。ランに入るとかなり苦しそう(実際アップダウンのあるコースであり苦しかったのだと思う)に見え、少しずつだが遅れていったようだった。

最終順位は19位。バイクまでは入賞が見える位置にいるのに、ランでついていけないという展開はこれまでにも何度か見た気がするが、あとでトライアスロンライブを観ているとニナー選手に10秒ペナルティが課せられたと言っていた。どのタイミングでボックスに入ったのかは分からなかったが、それが本当ならその分の時間を差し引けばトップ10にあと少しという位置である。また次に期待したい。

 

女子レースはトライアスロンレースの醍醐味が凝縮された展開に

男子のような珍事や大きなクラッシュはなかったものの、女子レースはトライアスロンのエリートレースらしい面白いレース展開となった。

 

いくつかサプライズもあった。

まずバイク途中まで3人で形成されていたリードグループからフローラ・ダフィが千切れたこと。

バイクでダフィがグループから脱落するというのはなかなか見られない。おそらくコンディションが万全から程遠かったのだろうと思う。つい先日までコロナに感染していたためトレーニングの中断もあり、コンディショニングどころではなかったはずだ。彼女はこれが2回目のコロナ感染だという。今シーズンの残りのレースプランも練り直さないととは本人の談。

 

そうして2人となったバイクのリードグループは、アメリカのスパイビーとイギリスのコールドウェル。バイク終了時点で35秒ほどの差で追うチェイスグループには、テイラーブラウン、ボーグラン、ポッター、キングマなどランに強い選手が勢ぞろいしている。先頭の2人が逃げ切れるか、あるいは35秒差を縮めてトップをとらえる選手が出てくるかという展開だ。

ランに入ると集団から飛び出したのはフランスのボーグランとイギリスのテイラーブラウン。今シーズンのアリーナゲームで圧巻の走りをしたボーグラン、横浜で無敵ぶりを見せつけたテイラーブラウンがやはり出てきた。結局二人して悠々とスパイビーを、それからコールドウェルを抜いた。すると観客の注目は地元のテイラーブラウンがゴールドを取れるかどうかという1点に集まった。

 

最後に見せ場を作ったフレンチウーマンの10秒ペナルティ

しかし今回もボーグランの走りは圧巻だった。

チェイスグループから抜け出した上にリードグループをとらえた二人だったが、常にボーグランが先行し、テイラーブラウンが食らいついていくという展開になった。スプリントの5kmという短いランの中でテイラーブラウンを大きく引き離すのは並の所業ではないが、ボーグランはそれを実際にやってのけていた。

2.5kmのラン周回も2週目、会場のディスプレイに映るボーグランの肩越しのテイラーブラウンの姿が小さくなり、観客にあきらめムードが漂い始めたころ、ボーグランに10秒ペナルティが課せられたというアナウンスがあった。グランドスタンドに詰めかけた、おそらく8割がた地元イギリスの応援者だと思われる観客たちはもう一度興奮を取り戻した。

 

注目が集まるのはもちろん、ボーグランがテイラーブラウンに10秒の差をつけているかどうか、である。

私も(おそらく他の観客と同じように)映像を観ながら2選手間の時間差をカウントしてみるが、なかなかうまくはいかない。10秒以上あるように思えるが、ペナルティボックスでの加減速を考慮すると実際には10秒ではきかないはずだ。

ペナルティボックスはゴール手前30メートルくらいの地点にあり、スタンドからも視認できる。まずトップのボーグランが現れ、ボックスに入るのが見える。10カウントが始まり、観客はその間にテイラーブラウンの姿が見えるのをかたずをのんで見守っていた。

しかし結局、ボーグランが堰を切ったようにボックスから飛び出して再び走り始めるまで、イギリス国旗のユニフォームが観客の視界に飛び込んでくることはなかった。

最終順位はフランスのボーグランが金メダル、2位と3位は地元イギリス勢、テイラーブラウンとコールドウェルが占めた。

 

ペナルティボックスの中でボーグランが一度も後ろを振り返らなかったのが印象的だった。追われる立場としては気が気ではないはずだった。フィニッシュ後のインタビューで彼女は、後ろとの距離は知りたくなかったと言っていた。追われている間も自分のペースを維持し、ただ祈っていたという。結果、ペナルティを踏まえてもテイラーブラウンとの差は9秒あり、計19秒の差を付けたことになる。まったくアメージングだ。

 

そしてWTCSリーズ大会は2日目のミックスリレーへと続く

女子の日本勢はというと、高橋選手と中山選手が第3グループあたりで健闘していたが、残念ながら大きなインパクトを残すには至らなかったように思う。パリ五輪のクオリフィケーション対象のレースであり世界の強豪が本気モードで挑んできたこと、タフなコースである上に水温や気温、風なども日本選手には有利とは言い難いコンディションだったのではないだろうか。

中盤では中山選手が高橋選手をリードしていたようだったが、最終的には高橋選手が先行して意地を見せた。

 

2022年のWTCS第2戦リーズ大会の個人男子/女子はここまで。会場の雰囲気もさることながら、スプリントディスタンスということもあって内容の濃い面白いレースだったと思う。

翌日に行われたミックスリレーの観戦レビューへと続く

 

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