スーパーリーグトライアスロン 2022年 ロンドン大会 観戦レビュー

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2022年シーズンのスーパーリーグトライアスロン(Super League Triathlon = SLT)がいよいよ開幕した。

その第一戦はロンドン。2022年9月4日。現地で観戦した模様をレビューする。

 

まずはスーパーリーグトライアスロン(SLT)について

ワールドトライアスロンチャンピオンシップシリーズ(WTCS)や、ワールドカップに比べて、SLTの日本での知名度はまだまだ低い。そういえば専門誌でもほとんど扱われていないように思う。

 

理由はおそらく日本での開催が無いことと、日本人選手の出場が少ないことではないだろうか。昨年のリーグは女子に高橋選手、男子にニナー選手がいたが、今年はニナー選手のみがエントリーしている。

SLTについてちゃんと説明すると長くなってしまうのだが、ここではSLTがSLTたる2つの特徴について簡単に述べたい。

 

SLTのレース形式について

SLTには現在、屋内で行われるアリーナゲームスと、屋外で行われるチャンピオンシップがある。どちらも主にヨーロッパを中心に各地を転戦する形で3~5レースがが開催される。今回ロンドンで開幕したのは屋外のチャンピオンシップの方で、2022年シーズンはロンドン、ミュンヘン、マリブ、トゥールーズ、ネオム(サウジアラビア)が会場となる。

SLTの最大の特徴(そして最大の魅力ともいえる)は何と言ってもそのレース形式だ。レースごとに複数のフォーマットがあり、ロンドンでは「トリプルミックス」形式となっている。トリプルミックスは”Master of versality”とも言われる。”versality”とは多能性や万能性を意味する。

トリプルミックスは、以下のようにスイム・バイク・ランの順番を変えながら、3つのレースを行う。

  1. スイム→バイク→ラン
  2. ラン→バイク→スイム
  3. バイク→スイム→ラン

いずれもスイムは300m、バイクは4km、ランは1.6kmと距離は短い。1と2はマススタート、3は1と2のタイムによってスタートタイミングが異なるパシュートスタートとなる。

1と2の間には2分、2と3の間には4分というインターバルがあり、選手はそのわずかな時間で心と体と機材をリセットしなければならない。つまり息を整えたり補給をしたり、次のレースへ気持ちを切り替えたりするだけでなく、ランシューズを履きやすいように整え、バイクのペダル位置をセットし、ヘルメットやゴーグルやスイムキャップを所定の位置に収めたりしなければならないというわけだ。いわゆる休憩と呼べるほどの代物ではない。

1や2のレースで遅くゴールした選手はその分インターバル時間も短くなる。各パートの終わりの時点でトップから90秒ビハインドとなった選手はそこでレースから除外される。

 

SLTにはトリプルミックスのほかにも以下2つのレースフォーマットがある。(過去にはさらに異なるレース形式もあったが2022年シーズンはこの3つ。)

エンデューロ:
 スイム→バイク→ランを休みなしで3回繰り返す。
エリミネーター:
 スイム→バイク→ランを休憩をはさんで3回繰り返すが、レース1とレース2の後に決まった数の選手が遅い方からカットされる

 

これら2つはあくまでスイム→バイク→ランという順番を踏襲しているので、トリプルミックスがやはり一番SLTならではという感じがする。この順番も含めてトライアスロンという競技の定義だと思っていたので(たぶん実際そうだろう)、トリプルミックスはまさにその常識を覆すフォーマットである。

 

SLTのチーム制について

SLTのもう一つの大きな特徴はチーム制を採用していることだ。

1チームは男女4人ずつの8人構成。それが5チームあるので、男女のレースはそれぞれ20人の選手で争われる(ワイルドカードと呼ばれる特別枠は除いて)。2022年シーズンのチームは以下の5チームだ。

  • SHARKS(シャークス)
  • RHINOS(ライノス)
  • EAGLES(イーグルス)
  • SCORPIONS(スコーピオンズ)
  • CHEETAHS(チーターズ)

いずれも動物の名前を付けているわけだが、名前も然り、ロゴマークも然り、いかにも欧米のスポーツリーグといったべたべた感がある。

それは置いておいて、各チームには選手のほかにチームマネージャーとして往年のトライアスリートたちが就任している。例えばイーグルスならティム・ドン、スコーピオンズならクリス・マコーマックという風にだ。彼らが選手のドラフトを行ったり、チームとしてレースの戦術を決めたりする。

個人競技であるはずのトライアスロンでチーム制がどう機能するかだが、小中学校の運動会の得点形式を想像してもらえれば良い(近年は得点を付けないこともあるらしいが)。各選手には最終順位によって得点(1位が15ポイント、2位が14ポイントなど)が与えられ、さらに各スイム・バイク・ランで得たポイントも加算され、それらをチームごとに合計した得点によってチームの順位が決まっていく。

 

このチーム制だが、良いところと、いまいちなところがあるように思う。

良いところは、まずエンターテインメント性が向上することだ。個人選手を応援するだけでなくチームを応援することで、レース中の注目ポイントが増えるので単純にその分だけ観るスポーツとしての楽しみが増す。チームとしての成績を気にすることで、自然と上位グループの展開だけでなく下位の選手たちにも目が行くのも良いことだと思う。

トライアスロンでは(特にスイムでは)、レースを観ていても正直どれが誰なのか分からなかったりする。その点チームによってユニフォームが決まっているSLTでは、少なくともどのチームの選手なのかは一目瞭然なので、誰だか分からないがとにかく贔屓のチームの選手がどの位置につけているかはよく分かるといった利点もある。

 

いまいちだと思うところは、一言でいうとちょっと分かりにくいのだ。最終順位によるポイントは明確なのだけど、各パートの獲得ポイントがあまり表に出てこなかったり、チームごとの得点の内訳が不透明だったりするように思う。

またレース中に各選手の順位は出るのだけど、チームごとに今の時点でのポイントがどれだけで、チーム順位はどうなっているのかというのも見える化してくれるといいのになと思う。小中学校の運動会だって得点ボードをリアルタイムで更新することで、クラスごとの得点経過が分かって面白いのだ。

チーム制があることでエンターテインメント性は向上しているとは思うが、まだまだ狙い通りというところまでは到達していないように感じる。

 

会場のウェスト・インディア・キー 前日の様子

スーパーリーグトライアスロンのロンドン大会は今年もロンドンの東側、ウェスト・インディア・キーで行われた。

会場に近いホテルを6月から予約していたのだが、近いどころかメイン会場に隣接していたので選手たちも同じホテルに宿泊していることが、レース前日に到着してみて分かった。チェックインをしていると、前日練習のために選手たちが次々とバイクを引いて下りてくる。通路でティム・ドンとすれ違い、エレベーター待ちではリチャード・マレーと一緒になった。街中でコンパクトに行われるレースのせいか、なんだか選手たちとの距離感が近い。

せっかくなので前日の選手たちの様子を眺めるべく外へ出てみると、多くの選手がバイク試走の最中だった。ウェスト・インディア・キーのバイクコースは1周1kmで、鋭角のターンあり、石畳やタイルありのテクニカルなコースだ。他のSLTコース同様、パワー勝負というよりコース取りや加減速などのテクニックが求められそうだ。

試走を終えて和気あいあいとした雰囲気で談笑する選手たちの中にはニナー・ケンジ選手もいる。ニナー選手の英語はネイティブだが、これが他の日本人選手だったらこの雰囲気の中ではちょっと浮いてしまいそうだ。

試走後はホテルに引き上げる選手と、コース脇のテントに用意されたローラーでクールダウンをする選手に分かれた。せっかくなので向かいのバーのテラス席でビールを飲みながらその様子を眺めることにした。

アレックス・イー、テイラーブラウン、ボーグラン、ポッター、スパイビー。公衆の面前でスター達がおしゃべりしながらバイクローラーに乗っているのに、とくに人だかりができるわけでもなく多くの人は普通に通り過ぎておく。前日なのでわざわざ見に来るファンもあまりいないのだろうが、観るスポーツとしてのトライアスロンの認知度というのは本場ヨーロッパであってもまだこんなものかと思った。

 

スーパーリーグトライアスロン・イン・ロンドン、女子の部

11時過ぎにスタートする女子のレースに先立って、午前中にはキッズやユースのレースイベントが開催されていた。ホテルの朝食会場へ行くとほとんどのSLT選手たちが遅めの朝食を取っていたので、その中にまぎれてビュッフェ形式の朝食を取るという貴重な体験をさせていただいた。選手たちは特に国やチームの境なくテーブルを囲んで、驚くほど長い時間をかけて朝食を楽しんでいた。レースを控えてそういうリラックスした時間を過ごすことがきっと大切なのだろう。

 

さてレースである。

観戦にはVIPエリアも存在するが、料金が結構高い(正確には記憶していないが100英ポンド以上)ので今回はやめておいた。それでも1時間前から陣取ったおかげで、VIPエリアにほど近い、大型モニターとトランジションエリアがよく見えるベストに近いポジションを確保することができた。

スイムスタートはチームごとに固まっての飛び込みとなる。トランジションの多いレースなのでもちろんウェットスーツは着ない。スタートはトランジションエリア側からは見えないのでモニター越しとなる。スイムコースの上にかかる橋の上からが一番よく見えるが、橋の上は観覧禁止となっている(それでも女子の時にはちゃんと規制がかけられず多くの観客が橋の上にいた)。

スイム→バイク→ランの順の1stレース、バイクまでは10人の集団で進行していたが、T2で飛び出したのがやはりGTB(ジョージア・テイラー=ブラウン、メディア関係者なんかは結構GTBとイニシャルで呼んだりする)だった。するとランもそのままGTBが独走してトップでフィニッシュ。差は3秒くらいなのでそう大きくはない。

 

次はラン→バイク→スイムと通常の逆順となる2ndレース。レース間隔は2分だが、実際に見ているとそれよりも短く感じる。ランスタートは全員がスタートラインに揃う前に始まり、ばらばらと走り始めるような慌ただしさだった。

それにしても慌ただしいスタートだなと思っていたら、あとで放送を観たところどうやらスタートポジションに関して混乱があったらしかった。多くの選手がバイクのディスマウントラインからスタートだと思ってそこで待機していたのだが、実際のスタートはそこから20メートルくらい先のマウントラインの方だったので、気づくのが遅れた選手たちがスタートラインに着く前にレースが始まってしまったというわけだ。GTBもやや遅れ気味のスタートになった。

その2ndランではポッターとボーグランが抜け出して、T1で後続に7秒差をつけていた。しかしバイクではまたGTBがトップに立ち、さらにスイムアップでは今度はスパイビーが入れ替わってトップに立つという、なんとも見ごたえのある展開になった。2nd終了時点でメキシコのロエルほか複数の選手が、90秒ルールによってエリミネート(除外)されていた。

 

そしてバイクスタートの3rdレース。バイクディスマウントラインからパシュートスタートし、まずバイクトランジションするところから始まる。

次のスイムに備えてあらかじめスイムキャップをかぶっておき、その上からヘルメットをかぶる選手もいる。この辺りの戦略には個人差があって、これが絶対というルーティーンはまだ確立されていないようだ。スイムの前にランのある2ndではゴーグルを首にかけて走る選手もいるが、それはさすがに走りにくくないだろうかと思ってしまう。

3rdランは最初にスタートしたスパイビーが逃げるが、そのあとを追うのがランの超人であるボーグランとテイラーブラウンという面白い展開。すべてのトランジションでミスなく効率的にレースを進めたスパイビーが逃げ切れるかと思ったが、結局ボーグランには抜き去られ、1位ボーグラン、2位スパイビー、3位テイラーブラウンという結果に終わった。ジョージアはまたしても地元英国での勝利はならなかった。

 

スーパーリーグトライアスロン・イン・ロンドン、男子の部

女子の部でボーグランとGTBという2強に割って入ったのがスパイビーなら、男子ではアレックス・イーとワイルドの2強に割って入ったオーストラリアのハウザーが主役だったと言っても過言ではないと思う。

まずそのハウザー、1stレースのT1でいきなり10秒ペナルティを食らってしまった。スイムの飛び込みでのフライングということだが、フライングしたのは実際にはハウザーではなく、同じイーグルスのユニフォームを着た別の選手だったのだ。スイムは飛び込んでしまうと誰が誰なのか見極めるのは困難で、スイムアップの早かったハウザーが取り違えでとばっちりを受けることになった。誤審というのはトライアスロンに限らずスポーツに付きもので、これもレース、と思うしかない。

 

そのスイムアップで我らがニナー・ケンジはトップに近い位置につけていた。T1で結構選手がばらけてバイク1周目は4人が抜け出したが、それほど強いリーディングパックではなさそうで、大集団につけていたニナーにもチャンスがありそうに見えた。

すると予想通り4人は集団に吸収され、そのまま大きな展開はなく1stは終えた。ニナーはランでもしっかり食らいついて5秒差の7位でフィニッシュしていた。WTCSやSLTなどのトップレベルのレースでのニナー選手を観ていると、得意のスイムでいい位置につけ、バイクではそれを維持し、しかしランでどうしても順位を落としてしまうということが多い。しかし最近徐々にランでも健闘が光るようになり、表彰台を感じさせるところまであと少しかなという感じもする。スイムとバイクは本当にトップレベルなので、あとはランにどれだけ足を残せるかというところか。

 

男子の2ndレースは結構差がついた。イーとワイルドの2強にハウザーを加えた3人が独走態勢を築き、最後スイムではハウザーがトップ、他の2人はほぼ同時にゴールとなった。ニナー選手を含む多くの選手は3人から三十数秒の遅れをとることになった。

3rdレースもそのまま3つ巴の展開が続き、スイムではハウザーとワイルドが並んでトップ争いを演じ、イーがランでの逆転を虎視眈々と狙っているような恰好。そのまま最後のT2を終えてランに入るのだが、ここでハウザーが「ショート・チュート」を持っているというのがポイントとなる。

ショート・チュートもスーパーリーグトライアスロンが誇る特徴の1つ。ショート・チュートというのはコース上に設定された「近道」を指す。設定されるのはコース上の折り返し地点付近であり、折り返し地点の数メートル手前でショートカットができるようになっていて、ショート・チュートの権利を持つ選手だけがそのショートカットを利用することができるのだ。レース終盤ではこの数メートル(=数秒)が大きな違いを生み出すこともあるのは想像に難くない。

この権利はレース途中のいくつかのポイント(1stレースのT1やT2後やゴールなど)でトップ通過をすることで発生する。そしてチーム制を敷いている現在は、その権利をチームで共有することができ、チームディレクターが誰に権利を与えるかを決めることができる。その権利が、このレースではハウザーに与えられていたというわけだ。

ところが結論から言うと、結局優勝をさらったのはショート・チュートを持っていないワイルドの方だった。ランで一日の長のあるワイルドは、ハウザーがショートカットで得たわずかなリードをものともせず、また追うイーを寄せ付けることもなく余裕をもってゴールしたのだった。

 

我らがケンジはどうだったかというと、3rdもしっかり食らいついて7位でフィニッシュした。素晴らしい。

女子では他を寄せ付けないスコーピオンチーム(何しろGTBとボーグランという2強が同居しているので)においてやや引けを取ってしまう男子4人だが、ニナー選手は間違いなくチームの中核を担う存在になっている。この後に続くシリーズでのますますの活躍に期待したい。

 

ショースポーツとしてのトライアスロンとレース後のファンサービス

レース後の模様で驚くべきは選手たちのファンサービスの徹底ぶりだった。WTCSなどよりもショースポーツとしての色が強いからだろうか、レース後の選手たちはファンからの写真撮影やサインのお願いをみんな快く受け入れていた。アレックス(イー)やジョージア(TB)など特に地元の人気選手は自分のクールダウンもそっちのけで会場に留まり、次々と声をかけられては写真撮影やサインに応じていた。

私もせっかくなのでミーハー心を出して、ニナー選手とジョージアとはセルフィーを撮らせていただいた。二人とも快く応じてくれた。アスリートを気軽に呼び止めて気さくに話ができるのもSLTのすばらしいところだ。こうした経験ができるとまたレースに足を運びたくもなるし、オンラインでの観戦にもより熱が入る。いつかSLTが日本でも開催してくれないかなと思う(わりと短期決戦のシリーズだし、夏から秋にかけてのの日本には気象的な問題が山積しているので難しいかな)。

 

さて以上でスーパーリーグトライアスロン、2022チャンピオンシップ第一戦であるロンドンでのレース観戦記を締めくくる。記事の執筆に手を付けられず数日寝かせていたら、これを書いている今日すでに次戦のミュンヘン大会が開催されてしまった。ロンドンの激戦の1週間後にミュンヘンのレースとは、選手たちは大変である。

さてミュンヘンでは、女子の部ではボーグランが失速してDNF(前日にバイク転倒があったらしくその影響かもしれない)となったこともあってか、1stバイクで抜けたしたGTBが独走のままレースをフィニッシュした。男子の部ではハウザーがリベンジを果たし優勝したが、そんなことよりニナー選手が5位にまで食い込んだのがうれしい限りだ。残りの3戦とともに、WTCSでも近い将来表彰台に上がってくれることを信じてやまない。

 

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