腰痛と情熱のあいだ ~19年目のトライアスロンバイク選び~ 前編

2005年は私にとって特別な一年だった。

4月に第一子となる長男が生まれ、7月には人生初の(そしておそらく最後の)アイアンマンを完走し、そして秋が深まるころには初めてのトライアスロンバイクを購入した。

買ったのはKuota(クオータ)のKALIBUR(カリバー)というバイクで、ロードバイクのカテゴリとしては「トライアスロンバイク」に位置づけられていた(はずだ)。7月のフランクフルトのアイアンマン(この時は高校生の時に買ったアルミロードバイクで出場)で、バイク1周目を終えてメイン会場のホームストレートに差し掛かった私を風のように抜き去り周回遅れにした、ノーマン・スタドラー(当時のワールドチャンピオン)のモデルと謳って売り出していたのがそのカリバーだった。

 

翌2006年はカリバーで出場と意気込んでアイアンマン・フランクフルト(その年辺りからヨーロピアンチャンピオンシップというタイトルだったか)にエントリーしたものの、もろもろの事情でDNSとなってしまった。カリバーではその後2007年に国内のOD(オリンピック・ディスタンス)レースに出場したきり、30代に突入したそのあたりからほぼ10年間トライアスロンのレースに出場することはなかった。いわゆる子育て世代ということもあったからなのか、私とトライアスロンの間には相当の距離があったように記憶している。

40代に入った2016年ころに、きっかけはあまりよく覚えていないが、トライアスロンを再開することになった。通勤や時々思いつきででかけるサイクリング程度でしか使っていなかったカリバーは、ようやくまた日の目を見ることになった。

そんなカリバーも今年2024年で購入から19年になる。走行距離はそれほど長くないものの、一般的な買い替えの時期はとうに過ぎていると言っていいだろう。そんなわけでつい先日、19年ぶりにトライアスロン(で使う)バイクを買い替えることになった。

ごく個人的なモチベーションで、購入に至るまでの変遷を書いてみたいと思う。

 

 

買い替えを意識しだしたのは6年ほど前のこと

トライアスロンとほとんど縁のない生活を送っていた30代を経て、40過ぎに再開してからほどなく、くたびれかけたKUOTAを駆るたびにバイクの買い替えを意識するようになった。

トライアスロンのバイクは特に高い買い物だ。

基本的にはロードバイクでありさえすればよいので、何なら10万円台の自転車でもトライアスロンはできなくはないのだが、格安メーカのアルミフレームにSORAコンポセットでは上がるモチベーションも上がらないというものだ。言ってみればどんなバイクに乗るかも競技の一部なのだ。

 

とは言えである。

私のように競技力が低く、さしたる財力もなく、体力は今後下降の一途をたどることが約束されている中年男にとっては、どこまで金をかける価値があるのかという線引きがかなりシビアな作業となる。高価なバイクを買ったところでタイムが目に見えて速くなるとは思えないし、レースで後方深くに沈みながらゴリゴリのTTバイクというのもなんだか肩身が狭い。それに寄る年波で体にガタも出てくるはずで、いつまで競技を続けられるかなど保証もない。そんなことをいろいろ考えていたバイク買い替え計画初期の購入プランをまとめると、だいたい以下のような感じだったと思う。

  • 予算はひとまず完成車で30万~50万くらいで考えておく(それが現実的に出せる額だったし、以前は今よりも相場も低かった)
  • フレームはアルミも視野に入れる(カーボンフレームで他を妥協するくらいなら、フレームはアルミで安く抑えておくのも手かと)
  • コンポはシマノ105(それより上は必要がないし、それより下はなんとなく受け入れ難い)
  • ブランド的にはORBEA、ARGON18、CERVELOあたりがいいなあ

 

まあこの時点で13歳くらいだったKUOTAもまだ使えていたし、欲しいものが決まるまではゆーっくり考えればいいさと、そんな風に思っていた。

 

 

本命のORBEA、憧れのCERVELO、にわかに台頭のARGON18

出典:ORBEA

 

以前までは「ロードバイクカタログ」とか「ロードバイクオールカタログ」とかいう名前で、Cycle SportsとかBicycle Clubなどの雑誌の別冊のような形で、いろんなブランドのいろんなロードバイクがずらっと載った雑誌が本屋に置いてあったものだ。

それがいつからか店頭で見かけなくなった。古本などを今ネットで探してみても、「ロードバイクオールカタログ2018」というのを最後にそれ系の雑誌は見つけられなかった。それ系が姿を消したのが奇しくも私がバイク買い替えを模索しだしたころだったのだ。その後見つけたら即購入して参考にするぞと何年にもわたって本屋に入るたびにスポーツ雑誌コーナーに目を光らせることになったのだが、結局すでにニューバイクを購入した今日に至るまでそれ系雑誌が刊行されることはなかったようである。

いかにインターネットが発達しようとも、紙媒体の見易さと情報の効率には代えられない場合もあって、私にとってロードバイクカタログ系の雑誌はまさにその顕著な一例だった。いいタイミングでロードバイクカタログが刊行されていれば、私のバイク探しもまた違うものになっただろうと思う。それが良い結果をもたらしたかどうか、今となってはどうでもいい話ではあるが。

 

ブランドとしてまず念頭にあったのがORBEAだった。

2005年のアイアンマン・フランクフルトに出場した時はドイツに住んでいて(アイアンマンのメイン会場のすぐ近くにアパートがあって、終了後は徒歩10分で帰宅することができた)、それだけにヨーロッパブランドのロードバイクを目にする割合が高かったのだが、その中でORBEAのたたずまいが一番しっくりきていた。

当時のORBEAにどんなモデルがあったのか具体的には覚えていないが、シンプルでエアロなフレーム形状で、横から見て幅広のダウンチューブにシンプルなORBEAの文字が、なんともお洒落に私には見えていた。

バイクを購入した今年2024年でももちろんORBEAへの憧れは続いていて、最新のモデルも購入の候補には入っていた。私の予算だとORCA AEROは手が届かないので、選択肢としてはORCA(オルカ)か、アルミのAvant(アヴァン)となる。もともとアルミも視野に入れるとなっていたのだが、あとになってその考えは無くなったので、同時にAvantの選択肢も消えた。

残るORCAは特別エアロというわけではないが、シンプルでかっこいいバイクだ。次買うならとずっと頭にあったブランドのバイクが、フルカーボン+シマノ105機械式で予算内なのだから、これは本命と言っても良かった。

それでもORBEA ORCAに振り切れなかったのは、このバイクが「軽量」「クライミング」を前面に謳っていたからかもしれない。トライアスロンなので特別な軽量性を求めているわけでもなく、私はアップダウンの多いコースの大会をむしろ避けて通る方だ。トライアスロン専用バイクを買うわけではないのであまり気にする必要もないのだが、がっつりクライミングに寄せ切ったようなプロモーションがなんだか好きになれなかったのは確かだ。

 

 

腰痛によるバイク購入計画の浸食

バイク選びの方向性が大きく変わったのは昨年2023年の出来事のせいだった。

体調不良でレースに出られなかった2022年を経て、2023年はオリンピックディスタンスの大会に2つ出場することができた。どちらも結果は散々だったのだが、その結果以上に後々まで影響を与えたのは2つ目のレースの後で悪化した腰痛だった。

腰痛との付き合いは20代前半までさかのぼるので、かれこれ25年ほどになる。ぎっくり腰から始まって、痛めては持ち直し、全体として見れば緩やかに悪化に推移しながらなんとか騙し騙しやってきていた。去年のレース後のはその歴史の中でも一番の重傷で、3日ほど歩くことができず、一時は手術するために入院までしたほどだった(結局飲んでいる薬のためにすぐの手術はできず様子を見ることになったのだが)。

いつもの腰痛よりも時間をかけて静養し、1週間くらいはほとんど外にも出ないで過ごしたように記憶している。その後日常生活には戻ったものの、体を動かすことはことさら慎重に、段階的に開放していった。

まず最初に行ったのは、理学療法士から与えられたいわゆる腰痛ストレッチの類だ。少し動くと痛みがある時分から始めたので、最初はごく軽い、静的なストレッチからだった。時間が経つにつれて痛みも軽くなっていき、それに伴ってストレッチはより動的なものに変わり、そして腰椎周りの筋力強化を目的とした筋トレも加わっていった。これらストレッチと筋トレは派生形も含め、一年経った今でも続けている。今後トライアスロンを再開して続けていくためには、この辺りのことと真面目に向き合うことが生命線と考えている。

この腰痛の影響からはまだ抜け出せていなくて、スイムはショート程度、バイクはミドル程度の距離ならある程度公算が立ってきたが、ランの方はまだ続けて5km程度までしか走っていない。どのパートも少しずつ試しては翌日の腰へのダメージを確認していたのだが、どうやらランニングが一番インパクトが大きいらしい。ここをどう克服していくかが、レース復帰のカギになりそうだ。

 

さてその辺りを踏まえてのバイク選びである。

バイクはある程度乗れるようになってきているが、それだってハンドルのセッティングをいじるなどしてアップライトなライド姿勢に変えてのことだ。そしてランに不安がある以上、バイクでのダメージは最小限に抑える必要がある。

そうすると、深い前傾姿勢を取るようながっつりトライアスロンバイク然としたフレームはきつい。そりゃもちろん、これから市民トライアスリートとして晩年を迎えていくうえで、トライアスロンらしいバイクで恰好だけでもそれっぽくしたいという思いはある。でも結局のところ、競技が続けられなければそこで終わりなわけで、続けられることを最優先で考えるのが正しい選択なのだろう。

そこで浮上してきたのが、エンデュランスロードバイクの存在である。

 

 

トライアスロンにエンデュランスロードという選択肢

出典:CANYON

 

エンデュランスロードってどうなんだろう、というのは少し前から頭にあったものの、その方向にしっかりと舵を切ったのはCycle Sportsのエンデュランスロード特集を読んだあたりからだったように思う。

内容は大まかに言ってしまえば、趣味のサイクリストのボリュームゾーンには、洗練されたエアロバイクや超軽量バイクよりもエンデュランスロードの快適性と走行性のバランスがちょうどいい、というようなところだ。

現在市場にあるようなエンデュランスロードのインプレッションの数々があり、中にはいかにもツーリングバイク風のものもあれば、オールラウンドのロードバイクと変わらない見た目のものや、それなりにエアロっぽいフレーム形状のものもある。こういうのを見ると、「うーむ、エンデュランスロードも悪くないんじゃないか」と思えてくる。

意外と驚くのがその価格だ。エンデュランスロードというとなんとなく、趣味で週末の緩いサイクリングやロングライドを楽しむ人向けで、安価なものと勝手に思いこんでいるところがあった。しかし実際にはカーボンフレーム+105コンポのいわゆるミドルグレードバイクが多く、その価格は当然と言うべきか、オールラウンドのミドルグレードと同程度のようだった。

 

そこからエンデュランスロードに一定程度フォーカスしたバイク探しが始まった。検討したバイクには以下のようなものがあった。

  1. Canyon – Endurance CF7
    • 最初から最後まで候補であり続けた。フレーム形状もまあまあかっこいいし、コスパは群を抜いている。ドイツブランドらしい質実剛健さも感じるし、トライアスロンのエリートでもよく使われていてブランドイメージもいい。ただし直販しかないのが不安要素だったのと、何かひとつこれといった決め手に欠けるところがあった。
  2. La Pierre – Pulsium
    • 見た目と希少性で、バイク探し終盤に一時はNo1候補にまでなっていたバイク。本国(フランス)のサイトでは複数のモデルがあったが、結局日本での入手が困難で断念。
  3. Pinarello – X1
    • X3は高すぎるのでX1なら何とか、と思ったけどやっぱり予算外。予算を超えてでも買いたくなるほどの魅力がX1にはなかったかというところ。数年前に出ていたParisというモデルはすごくコスパが良かった様子。今でも売っていれば即買いしていたかも。
  4. Cervelo – Caledonia
    • 憧れブランドの1つCerveloなので、そのエンデュランスモデルということで候補には入れていたものの、こちらもちょっと割高感があり早々に脱落。
  5. ARGON18 – Krypton
    • こちらも前々から考えていたブランドなのだけど、エンデュランスとなるとあまり魅力がなく、早々に脱落。
  6. Bridgestone – RE8
    • エンデュランスロードを探している最中に発売が発表されたバイク。国産ブランドということでBridgestoneにはもともと好感があり、発表されたRE8のスペックその他も求めているものと合致していた。一気に最有力候補となりかけたが、気になったのは外観デザイン。ブリジストンと言えばダウンチューブにでかでかと書かれた従来のBRIDGESTONEロゴに好感を持っていたのに、RE8に書かれているのは近づかないと分からないくらい小さなロゴ。カラーリングなどもポップな街乗り自転車風で、率直に言って40万する自転車に見えないような気がして残念なのだ。結局このバイクも決め手には欠けた。

 

後編へ続く

 

腰痛と情熱のあいだ ~19年目のトライアスロンバイク選び~ 後編
アイアンマンに出場後にクオータのカリバーというバイクを買った2005年以来、19年ぶりとなるトライアスロン(で使うための)バイク探し。エンデュランスロードであるウィリエールのガルダ購入までの軌跡を描く物語の後編。