40代半ばにして狭心症を患ってしまった。
狭心症という病気は簡単に言うと、心臓の外壁を這うように伸びる冠動脈という血管が部分的に狭窄(きょうさく=狭くなってしまうこと)して血液が流れにくくなる状態を指す。これが進行して冠動脈が塞がってしまうと心筋梗塞ということになり、そうなってしまうとそこから先に血液が行かなくなり、生死にかかわる状態となる。
まったくの青天の霹靂というわけではなかったものの、心疾患についてノーマークだった私は、医師から狭心症と告げられ多かれ少なかれまずは困惑することになった。次第に直近の問題から将来的な懸念事項までいろいろなことを思案するわけだが、その中の1つが他でもない、この疑問だった。
トライアスロンは続けられるのだろうか?
このコラムは、心臓の基礎疾患を持ちながら趣味のトライアスロンを続ける筆者が、狭心症治療やその後のトレーニングなどの経験を中心に、「狭心症とトライアスロン」をテーマにシリーズかつ進行形の状態で書き綴っていく。
なぜ私が狭心症に?
「なぜ私が?」とはがん保険のCMなどでもおなじみのセンテンスだ。
ただ、「なぜ私が狭心症?」と私が思うのにはそれなりの正当性があるだろうとは思う。
狭心症などの虚血性心疾患(冠動脈が狭くなったり閉じたりして心筋の血流が悪くなる疾患)というのは、動脈硬化など血管の劣化が主な原因である。そしてその要因は肥満や高血圧、脂質異常などで、さらに元をたどれば食生活の乱れや運動不足などが原因であることが多い。
私はどちらかというと肉より魚を好み、脂肪や糖質は控えめを心がけ、食べる量もさほど多くはなく全体的に意識的な食生活をしていたと思う。運動に関してはそれこそ、トライアスロンを(しかも追い込みすぎることもなくほどほどに緩く)やっているわけで、理想に近い運動量ではないかと思う。
さらに、まだ40代も半ばである。普通動脈硬化というのはもっと上の年代(主に60歳以上)で起こるものだという。
ではなぜ私が?
それはあまりにアンフェアではないか、と言いたくもなる。
とは言え、若いうちから健康診断で脂質異常を指摘されていたことも事実で、それがもともとの体質であるにせよもっと注意深く生活してこなかったのはもちろん自分の落ち度というしかない。
ただ多くの人は脂質異常(中性脂肪が高めとか、LDL(悪玉)コレステロールが高めとか)であっても若いうちから動脈硬化が進行することはあまりないらしいので、医者も医者で結構楽観的なことを言ったりする。
「まだ若いからそんなに気にすることもない」とか、
「治療と言っても薬を始めるかどうかだけど、まだその段階じゃない」とか。
医者というのはどうしても統計的な見方をしてそうなるのだろうけど、それに当てはまらない個人もいるのだから本当は注意に越したことはない。狭心症の診断を受けて以来そのことを人に話すときは、脂質異常を長年指摘されている場合はとにかく一度循環器科で診察・検査を受けることを勧めるようにしている。
前段階から狭心症が発覚するまで
20代から脂質異常が指摘されていたのはさておき、循環器科を受診し始めたのは約2年前にさかのぼる。健康診断の脂質異常からかかりつけ医に相談している中で、CTの結果に怪しいところがあって別の大きめな病院の循環器内科へ紹介されることになった。
そこで造影剤を使ったCTを撮ったところ、軽度の腹部大動脈瘤というのが見つかった。大動脈というのは心臓から下に伸びる太い血管で、へその上くらいで2つに分かれる。動脈硬化などによって血管の弾力がなくなると、血液の圧によって部分的に大動脈が膨れることがあり、その状態を大動脈瘤という。
私の場合「軽度の」と付くのは、通常3cm以上を大動脈瘤というらしいが、今のところ3㎝に満たないので厳密には大動脈瘤のなりかけということらしかった。すぐに治療の必要はなく、半年後に検査しても状態が変わっていなかったので、今後は2年に一度検査すればよいということになった。
そこから1年と少し経った頃のこと。そもそも歳も若くはないので、トライアスロンのトレーニングを続けているとはいってもパフォーマンスはいつも低調で、タイムが良くなることもなく、まあ継続してなんぼと慰めを言いながら続けていたのだが、ある時から明らかと言っていい異常を感じるようになった。
その異常というのは、
- ランニングの走り始め10~15分くらいの間に、明らかに通常と違う胸の圧迫感(かなりペースを上げて走った時のような胸の苦しさ)を感じるようになった
- 毎日の通勤バイクの緩い上り坂などでもそれに近い症状が出るようになった
というものである。
運動をしなければ気づかない程度の変化ではあったが、折しも1,2か月後には海外赴任という「ビザ待ち」状態だった事情もあり、前倒しで検査を受けるべく診察を受けることにした。そこで以前と同じ造影CTに加え、運動負荷をかけての心電図や心臓エコーも行ったところで、狭心症が発覚したという流れである。
血管が90%詰まっていても通常の健康診断では分からない?
その異常を感じる2か月前には健康診断で通常の心電図を取っていたにもかかわらず、そこでは異常なしという結果だった。
短期間に進行するのか、普通の心電図では検出できなかったのか。そこは医者に聞いても分からないところなのだが、後者だとするとこのタイミングで発見できたのはラッキーというしかない。何しろ普通の生活の中では自覚症状はなく、その上心電図でも分からないとなると普通では発見できないことになる。
担当医によると私の冠動脈の一部は「90%狭窄していた」というにもかかわらずである。つまり通常の血管の10%程度の断面積しかない状態でも、ランニングや自転車などの運動を通してしか自覚できなかったのだ(もちろん冠動脈のどの部位が狭窄しているかにもよるらしいが)。
トライアスロンをやっていたからこそ発見できたといってもいい。
狭心症患者でもトライアスロンはできるのか?
では、このコラムの重要なテーマでもある「狭心症になってしまってもトライアスロンは続けられるか」についてである。
私は医者でも何でもないので、ここに書くことは医者との質疑応答や本などから得た情報に加え、自身の経験を踏まえたものである。またこれを書いている時点ではトレーニングは再開したもののまだレースには出ておらず、レースに出ていない以上、「狭心症になったけどトライアスロンできました」ということにはまだなっていない。
さてまず、狭心症の症状が出ている状態(血管が狭窄している状態)では、運動によって心拍を上げて心臓に負担をかけるのはリスクがあるので、基本的にスポーツは控えるべきだという。私も冠動脈にステントを入れる治療を行うまでは、医師から運動はしないようにと言われていた。
しかししっかりと治療を行い症状が改善していれば話は別である。
ステント治療後の医師の話では、
- 手術後2週間は安静にして様子を見て、運動は控えること
- 2週間後に問題なければ、運動をしても大丈夫
- 急に元通りの運動量は良くないので最初は控えめにすべきだが、基本的には心臓の機能としては健常者と変わらなくなるので、1か月くらい経てば元通りの運動量をこなして構わない
ということだった。
冠動脈が狭窄しているとそこから先の血流が悪くなるので、運動をした時の心臓への負担は通常よりも高くなる。しかしステントを留置するなどして血管を通常と同じ径に戻すことができれば、運動による心臓への負荷も正常に戻るので、普通に運動して問題ないという理屈だ。
そもそも、狭心症などの「虚血性心疾患」の予防や再発防止には運動療法が有効なのだ。運動の中でも有効なのが有酸素運動なので、トライアスロンのトレーニングにおける水泳、サイクリング、ランニングはどれも運動療法として一般的にも推奨されているものだ。
しかし1つ気を付けなければならないのは、トライアスロンの特徴の一つであるオープンウォーターでのスイムだ。日経電子版に関連記事があるので少し引用したい。トライアスロンレース中の死亡事故に関するものだ。
検視官による解剖の結果が得られた61人の死者のうち、27人(44%)に、循環器の異常が認められました。18人にはアテローム性の冠動脈狭窄が、3人に肥大型心筋症が、1人に先天性冠動脈異常が、2人に僧帽弁(心臓の左心房と左心室の間にある弁)の粘液腫が見つかり、1人に不整脈原性右室心筋症、2人に大動脈などの血管の解離が認められました。
トライアスロンの突然死 背景に隠れた循環器疾患も|NIKKEI STYLE
この記事の元ネタになっているアメリカの医学雑誌の発表は、私も以前下記の記事で参考にさせていただいたもので、トライアスロンレースでの事故リスクを考えるにあたって非常に価値のある調査結果だ。
この調査によると、トライアスロンレースで死亡または心肺停止となった135件中、90件がスイム中に発生していたという。また解剖が行われた死亡者の4割強に循環器の異常が認められており、さらにその3分の2にはアテローム性の冠動脈狭窄(コレステロールなどによるプラークが冠動脈を塞ぐこと)があったと言っている。
これは明言されていないが、おそらく多くは無自覚な循環器疾患であって、知らぬ間に進行していたところにレースによる何らかのダメージがあり突然死へと至ってしまったのではないかと思う。しかしいずれにしても、循環器疾患やそのリスクを持つ者にとってトライアスロンレースでのスイムは要注意であることは間違いなさそうだ。この辺りは今後の続編でももう少し掘り下げていきたい。
シリーズ「狭心症とトライアスロン」第1回目はここまで。
第2回に続く。