トライアスロンって危険なの?その②事故原因とその要因について

ここでは2つの記事に分けて、トライアスロンにおける過去の死亡事故とその傾向、私の個人的な経験なども踏まえ、トライアスロンのリスクと危険性について触れたいと思います。

その②では、パート別の事故原因とその要因について、個人的な経験も交えて整理していきたいと思います。

 

その①はこちらから:

トライアスロンって危険なの?その①死亡事故の調査結果から考える
スポーツの世界では、競技中の死亡事故が少なからず起こります。オープンウォータースイムやバイクなど、トライアスロンには特に危険がたくさん潜んでいると言えます。この記事では死亡事故に関しての国内・国外の調査結果から、その原因やリスクを考えます。

 

トライアスロンの事故原因:スイムの場合

トライアスロンのスイムは、スタンダード(51.5)で1.5km、アイアンマンで4kmともちろん長いのですが、その距離がそもそも泳げないのに出場している、という人はいないはずです。

にもかかわらず国内で過去35年間に13例もの溺死があり、また多くの心臓由来の要因で死亡する事故が起きています。

JTUの調査報告資料では溺水の原因についての考察が書かれています。

それらのうちの一部を抜き出したものが以下になります。

 

・心臓由来:「不整脈」「虚血性心疾患」
・「低体温」による心停止
・「飲酒」…前日最終飲酒が遅い、量が多い
・「ウェットスーツトラブル」…サイズ、経年変化、使用頻度、保存法、着用法
・過呼吸→「ノーパニック症候群」説
・「恐怖感」…いわゆるパニック

引用元:過去35年間に国内トライアスロン関連大会で発生した死亡事例の検討 ‐ JTU  

 

飲酒が過ぎたとすれば、それは残念ながら自己管理に問題があったのかもしれません。

ただ多くは、練習とは異なる条件、水温やウェットスーツ着用、あるいはオープンウォーターであること自体が要因に繋がったかもしれない、という可能性を示唆しています。

我々市民アスリートであっても、レースの距離を完泳できるだけでなく、その後のバイクやランに余力を残せるように十分なスイムトレーニングを積んでレースに臨むのが一般的です。

 

しかし、練習場所は通常室内プールであり、海や湖、など、実際のレース環境で練習できるということはほとんどないはずです。

普段の練習と別の場所であるという環境要因だけでなく、本番では緊張や他の競技者とのバトルなど、別の要因も加わります。

 

環境要因: 水温、水の透明度、波、日差しなど
メンタル要因: レースの緊張や力み、オープンウォーターへの恐怖感など
その他の外的要因: バトル(特にスタート直後)、ウェットスーツ

 

先に挙げた溺死の原因も、ここに挙げた要因とおおよそ結びつくものが多いかと思います。

トライアスロンにおける事故死の中でもスイム事故が圧倒的に多いという事実は、これらの要因に起因しているということが言えそうです。

 

 

トライアスロンの事故原因:スイムでの体験談

その中でウェットスーツについては、私にも少しだけ経験があります。

ある時、3年ぶりに大会に出場するということがありました。

ウェットスーツは3年前の大会で新調したもので、3年経ったもののウェットスーツ自体には問題はなかったと思います。

ただ3年間大会に出ていなかっただけでなく、トレーニングもあまりできていなかったので、体型に変化(ほとんど練習していなかったので…)があり、大会前に着てみた時にも多少の息苦しさを感じていました。

 

いざ本番で泳ぎ始めてみると、やはりどうにも苦しいのです。

胸が圧迫されているのか、首回りが締め付けられているのか、いつも通りに息継ぎしているのに、どんどん苦しくなってくるのです。

初めてではありましたが、それが過呼吸と呼ばれる症状に近いというのはなんとなく分かりました。

苦しいから呼吸をたくさん、深くしようとするのに、何故かすればするほど苦しくなりました。

幸いパニックになるということはなく、冷静ではあり、途中平泳ぎで繋いで呼吸を整える余裕もあったので競技を続けました。

結果、想定していたよりも10分程度も遅いタイムとなってしまいました。

 

その時は結局タイムが遅くなっただけで済みましたが、実のところ、その時に陥った状況と、事故につながるような症状との間にどの程度の違いがあるのか、と問われると、「冷静であったこと以外は明確には分からない」と言わざるを得ません。

この件で少なくとも、ウェットスーツのサイズは(あるいは自分の体形管理は)ちゃんとしよう、という教訓は得ました。

些細な教訓かもしれませんが、あるいはそのことが生死を分けないとも限らないのだと私は思います。

 

 

トライアスロンの事故原因:ティム・ドンのバイク事故

 

バイクの事故では2017年10月、ハワイ島コナで行われたアイアンマンチャンピオンシップの直前練習で、世界記録を持つティム・ドンが首の骨を骨折する重傷を負った事故が有名です。

 

ティム・ドンはその年のアイアンマンブラジル大会で世界記録を出したばかりで、ハワイでも当然表彰台が期待されていました。

最終トレーニング中だったドンは、トラックに接触されて大けがを負い、目前でワールドチャンピオンを逃すことになりました。

幸い脊柱は損傷していなかったこともあり、ドンはすぐに復帰へ向けて動き出しました。

第二頸椎を骨折していたため、リハビリはHaloという器具を使って行われました。

Haloは頭がい骨と肩を直接固定することで頸椎を保持する器具で、これを装着したドンの写真は有名です。

 

壮絶なリハビリとトレーニングの末、半年後にはボストンマラソンに完走、さらにアイアンマン復帰を果たし、事故から1年後のワールドチャンピオンシップにも出場しました(結果は53位)。

この事故からの復活劇は、ランニングシューズメーカとして知られるOnが、エミー賞受賞監督アンドリュー・ヒントんと共に短編ドキュメンタリー映画「栄光の冠をかぶった男」で描いています。

ちなみにこの「栄光の冠」が前述のHaloを指しています。

 

「栄光の冠をかぶった男」の物語(Onランニングのサイト)

 

この事故は結果として美談というか、トップアスリートの驚異的な精神力やドラマティックな復活劇に注目が言ってしまいますが、バイク事故はトップ選手にも時として避けられないものであることを物語ってもいます。

特に下り坂でのスピードは自動車並みにもなり、一歩間違えば死亡事故に繋がりかねないのがバイクパートです。

ツールドフランスのようなメジャーなロードレースでも、過去に死亡事故は発生しています。

 

 

トライアスロンの事故原因:ランでは熱中症が大敵

ランでの死亡事例について、前述のJTUの資料では、

  • 心不全(熱中症後):2例
  • 感染症(熱中症後):1例
  • 急性心不全:1例

とあります。

断定はしていませんが、熱中症との因果関係をうかがわせる記述でもあります。

トライアスロンのシーズンと言えば5月~9月くらいですが、7,8月のレースでは熱中症の危険が大いにあります。

特にミドルやロングのレースでは、最も気温の高くなる時間帯にランを走らなければいけないこともあり、熱中症のリスクが高まります。

 

今夏のレースでも、日中の気温上昇を理由に距離の短縮が行われた大会がありました。

そのレースを目標に、何カ月もトレーニングを積んできた参加者にとっては、距離が短縮されることはなかなかの悲劇です。

大会運営側もトライアスロンという競技や、競技者の事はよく理解されていると思うので、レースの内容を急遽変更することは苦渋の決断であるということは想像に難くありません。

それ以上に安全を優先させることが、また来年も、そしてその次も、大会を開催し続けていくためには必要だからこそ、そうした判断を下しているのだと思います。

我々参加者は、トライアスロンは自然の中でやるスポーツなのだからそうした変更もやむを得ない、と理解したうえでレースに臨むしかないのでしょう。

 

 

トライアスロンの事故原因:レース後にした体験

私は過去に一度だけアイアンマンに出場経験があります。

当時、出場を決めてから約1年間の準備期間を過ごしてきたものの、過去オリンピックより長いレースの出場経験はなく、フルマラソンの経験もなく、トレーニングも十分とは言えませんでした。

そんなわけで私にとっては少し無謀ともいえるレースだったのですが、タイムは置いておいて、なんとか制限時間内に完走することができました。

 

ゴール後は達成感と安心感に包まれ、メダルやフィニッシャーズポロを受け取り、フィニッシュエリア近くに用意されていたシャワーを浴びました。

汗を流し、シャワーの温水を止めた直後でした。

急激な寒気とめまいを感じ、一瞬ふらっと倒れそうになったのです。

目の前が暗転したというか、おそらく貧血で倒れる時に感じるめまいと似たものだったと思います。

 

実際倒れることはなく、寒けを堪えて体について水滴をふき取り、服を着て元に戻ったのですが、後から考えるとやはり相当にエネルギーが枯渇していたのだと思います。

シャワー後は、体についた水滴が気化する際の気化熱で体温が奪われます。

通常の状態であれば適切に体温調整を行うことができるのですが、その時は気化熱で奪われる熱をカバーするだけのエネルギーにさえも窮していたのではないかと推察しています。

 

その①で紹介した海外メディアの記事によると、レース後の回復中に9人の死亡(1985年~2016年の135の死亡事例中)が確認されています。

死因の詳細は記載されていませんが、上記のようなエネルギーの枯渇が一因となりえるのではないかと個人的な感想を持ちました。

 

Triathlon deaths not rare, and risks rise with age (英語)

 

 

トライアスロンは危険なスポーツなのか?

 

さて、トライアスロンのリスクと危険性について、特にレース中、レース後の死亡事例などを踏まえてまとめてみました。

いかがでしたか?

 

「トライアスロンは誰にでもできる」とは、肉体的な能力、ポテンシャルの面で、ほとんどの人にトライアスロンをやるだけの素養があるという意味であって、これを「誰でも簡単にできる」と捉えることは間違っています。

特に、トライアスロンを永続的に行っていくには、

  • 目標の実現に向けた努力ができる
  • 自己の能力を把握し、それと向き合うことができる
  • 危険性に対し冷静な判断と、必要に応じて諦めるという決断ができる

といった能力がある、あるいはそれを養っていくことができるということが求められるのだと思います。

 

この記事が、トライアスロンは危険なスポーツなのだというだけでなく、これから始める方やすでにトライアスロンを楽しんでいる方々への、安全第一という警鐘となってお役に立つことができれば何よりです。